まちを元気にしようと、
自然と考えるようになりました。(吉村)

若柳に人が集まる場所があるといい

宮藤 会社はいつからやっているんですか?
吉村 8年前、40歳の時に独立して会社を作りました。もともと親父が地元で会社をやっていて。
宮藤 そうだよね。あのへんで遊んでいたから。
吉村 それでいろんな人たちとご縁があって、Aコープ跡地の地域活性化を考えるようになりました。
宮藤 それはすごいよなぁ! 当時の若柳で一番大きいスーパーですよね? あそこに何か作らないのはもったいないよね。僕がいた時から30年以上経っているので変わっているんですけど、いいほうに変わっているところもあるけれど、人がわちゃわちゃいたところが大きな道路になっちゃって、小学校の時の通学路もなくなっていたりすると寂しいですよね。当時とは違うとわかっているのに田舎に帰るたびに「あぁ、違うんだよな」って。(バンカラな)築高も(移転して)もうないしね……。
吉村 なくなっちゃいましたね……。「ピノキオ」も。
宮藤 「ピノキオ」!!(笑)。高校のすぐ近くにあった駄菓子屋で、コッペパンにケチャップだけ挟んだやつが30円で売っていたんですよ。なぜあれを食べていたのかなっていうぐらい、それを

食べていましたね。
吉村 (笑)。築高というと「ピノキオ」もですけど、売店もじゃないですか?
宮藤 山本ツギさん(爆笑)!? 男子校にいる唯一の女性が売店の山本ツギさんという方だったんですよね。その名前も対面式で聞かれるんだよなぁ!「売店のおばちゃんの名前は?」と必ず聞かれる。新入生なんだから答えられるわけがないんだけど(笑)。「山本ツギさんです!」「おおー!」(笑)。なんだよあれ、あの時間(笑)。
一同 (笑)。
吉村 この歳でも覚えているものですね(笑)。
宮藤 強烈に覚えています!!(笑)。
吉村 (笑)。地元が変わったと思い始めたのは、いつ頃ですか?
宮藤 橋が広くなった頃かなぁ〜……。そこから帰るたびに、あれもなくなった…と寂しくなって。今やその当時オープンした大型店舗もなくなっちゃっているからね。母に「買い物はどこに行くの?」と聞くと「車で築館まで行く」と。
吉村 そうなんですよ。
宮藤 若柳に人が集まるところがあったらいいの

になぁ〜と思いますね。
吉村 それで何とか頑張って、A コープがあった場所に複合施設を造ろうとしているんです。
宮藤 えっ! マジで?!
吉村 まちを元気にしようと思いまして。
宮藤 すごい!! うちの実家のめっちゃ近所じゃないですか。ぜひやってください! ちなみに、人が集まる場所を作りたいと思ったのはいつ頃から?
吉村 母に今回のプロジェクトを話したら「そういえば、あんたは中学校ぐらいからそんなことを言っていたもんね」って。
宮藤 えー!!
吉村 あまり記憶がないんですけど、ずっとそう思ってきたのかな。
宮藤 地元を、ということ?
吉村 そうですね。夏祭りが好きなので、盛り上がるようなコトや場所を提供できたら…と何となく思っていました。
宮藤 何かきっかけがあったわけでもなく?
吉村 ないですね。宮藤さんは、地元が今後どんなまちになればいいと思いますか?
宮藤 帰った時に集まれる場所というか、飲み屋もあるようでそんなにないじゃない? 岡本さんに連絡して「明日帰るんだけど」と話すと、「じゃあ、ちょっとどこか押さえておくよ」というので、飲み屋に行くのかなと思ったら集会所だった(笑)。みんなで料理を持ち寄って。それはそれで、アットホームですごく楽しいんだけど、何か気軽に集まれる場所、選択肢がいくつかあるといいなって。それから、若い人たちが地元から出て行かないような工夫があるといいですよね。昔はボウリング場や映画館とか、若い人たちが集まる場所があったような気がするんですよね。僕は自分の将来を考えて東京に出てきたけれど、出てきたからこそ思うのが、東北の人とひとまとめに言うのも何ですが、あまり地元の自慢をしない人が多いんですよね。むしろどちらかというと、謙遜する人ばっかりで「うちのまちに、こんなものがあるんですよ!」と声高にいう人が少ないじゃないですか。だけど誇れるものがいっぱいあるんですよ。僕も白鳥のことぐらいしか言わないですけれど(笑)。そんな施設ができるなら、自慢しようとなるんじゃないかな?
吉村 自然と人が集まれるような場所になればいいなぁと。ただそれだけだと続けるのが難しいと思うので、遠方からもわざわざ来てもらえるような場所にするための工夫は必要だと思っていますね。
宮藤 大きな通りからすぐだから場所もいいよね〜。ぜひ実現してください!
吉村 ありがとうございます! 楽しみにしていてください!

※本文中には、一部、現在では使われていない表現が含まれますが、当時の時代的背景を考慮し、最低限の編集にとどめていますことを、ご了承ください。

宮藤 会社はいつからやっているんですか?
吉村 8年前、40歳の時に独立して会社を作りました。もともと親父が地元で会社をやっていて。
宮藤 そうだよね。あのへんで遊んでいたから。
吉村 それでいろんな人たちとご縁があって、Aコープ跡地の地域活性化を考えるようになりました。
宮藤 それはすごいよなぁ! 当時の若柳で一番大きいスーパーですよね? あそこに何か作らないのはもったいないよね。僕がいた時から30年以上経っているので変わっているんですけど、いいほうに変わっているところもあるけれど、人がわちゃわちゃいたところが大きな道路になっちゃって、小学校の時の通学路もなくなっていたりすると寂しいですよね。当時とは違うとわかっているのに田舎に帰るたびに「あぁ、違うんだよな」って。(バンカラな)築高も(移転して)もうないしね……。
吉村 なくなっちゃいましたね……。「ピノキオ」も。
宮藤 「ピノキオ」!!(笑)。高校のすぐ近くにあった駄菓子屋で、コッペパンにケチャップだけ挟んだやつが30円

で売っていたんですよ。なぜあれを食べていたのかなっていうぐらい、それを食べていましたね。
吉村 (笑)。築高というと「ピノキオ」もですけど、売店もじゃないですか?
宮藤 山本ツギさん(爆笑)!? 男子校にいる唯一の女性が売店の山本ツギさんという方だったんですよね。その名前も対面式で聞かれるんだよなぁ!「売店のおばちゃんの名前は?」と必ず聞かれる。新入生なんだから答えられるわけがないんだけど(笑)。「山本ツギさんです!」「おおー!」(笑)。なんだよあれ、あの時間(笑)。
一同 (笑)。
吉村 この歳でも覚えているものですね(笑)。
宮藤 強烈に覚えています!!(笑)。
吉村 (笑)。地元が変わったと思い始めたのは、いつ頃ですか?
宮藤 橋が広くなった頃かなぁ〜……。そこから帰るたびに、あれもなくなった…と寂しくなって。今やその当時オープンした大型店舗もなくなっちゃっているからね。母に「買

い物はどこに行くの?」と聞くと「車で築館まで行く」と。
吉村 そうなんですよ。
宮藤 若柳に人が集まるところがあったらいいのになぁ〜と思いますね。
吉村 それで何とか頑張って、A コープがあった場所に複合施設を造ろうとしているんです。
宮藤 えっ! マジで?!
吉村 まちを元気にしようと思いまして。
宮藤 すごい!! うちの実家のめっちゃ近所じゃないですか。ぜひやってください! ちなみに、人が集まる場所を作りたいと思ったのはいつ頃から?
吉村 母に今回のプロジェクトを話したら「そういえば、あんたは中学校ぐらいからそんなことを言っていたもんね」って。
宮藤 えー!!
吉村 あまり記憶がないんですけど、ずっとそう思ってきたのかな。
宮藤 地元を、ということ?

吉村 そうですね。夏祭りが好きなので、盛り上がるようなコトや場所を提供できたら…と何となく思っていました。
宮藤 何かきっかけがあったわけでもなく?
吉村 ないですね。宮藤さんは、地元が今後どんなまちになればいいと思いますか?
宮藤 帰った時に集まれる場所というか、飲み屋もあるようでそんなにないじゃない? 岡本さんに連絡して「明日帰るんだけど」と話すと、「じゃあ、ちょっとどこか押さえておくよ」というので、飲み屋に行くのかなと思ったら集会所だった(笑)。みんなで料理を持ち寄って。それはそれで、アットホームですごく楽しいんだけど、何か気軽に集まれる場所、選択肢がいくつかあるといいなって。それから、若い人たちが地元から出て行かないような工夫があるといいですよね。昔はボウリング場や映画館とか、若い人たちが集まる場所があったような気がするんですよね。僕は自分の将来を考えて東京に出てきたけれど、出てきたからこそ思うのが、東北の人とひとまとめに言うのも何ですが、あまり地元の自慢をしない人が多いんですよね。むしろどちらかというと、謙

遜する人ばっかりで「うちのまちに、こんなものがあるんですよ!」と声高にいう人が少ないじゃないですか。だけど誇れるものがいっぱいあるんですよ。僕も白鳥のことぐらいしか言わないですけれど(笑)。そんな施設ができるなら、自慢しようとなるんじゃないかな?
吉村 自然と人が集まれるような場所になればいいなぁと。ただそれだけだと続けるのが難しいと思うので、遠方からもわざわざ来てもらえるような場所にするための工夫は必要だと思っていますね。
宮藤 大きな通りからすぐだから場所もいいよね〜。ぜひ実現してください!
吉村 ありがとうございます! 楽しみにしていてください!

※本文中には、一部、現在では使われていない表現が含まれますが、当時の時代的背景を考慮し、最低限の編集にとどめていますことを、ご了承ください。

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夢で見る風景は、
今でも地元の若柳なんです。